小学生の娘が学校へ行かなくなって、私は不登校の原因を探しを始めました。
- 学校で嫌なことがあったのかな?
- お友達とケンカしたのかも…
- イジメがあったのかな?
- 先生に何か言われた?
何度も担任の先生と話してみたけれど、学校での様子は問題ありませんでした。むしろ楽しそうに過ごしていたとのこと。
それでも私は「きっとどこかに原因があるはず」と必死でした。

でも、今ならわかります。娘が学校へ行かないのは、娘に問題があるからではなかったのです。
この記事では、私がなぜ原因を追い続けたのか、そして最後に気づいた大切なことについてお伝えします。同じように悩む親御さんの参考になりますように…
・元不登校の息子と不登校の娘のお母さん
・不登校をきっかけに家族関係を見直す
・息子 現在留学生活を満喫中
・娘 心の土台をコツコツ建設中
・不登校で闇の中にいる親御さんに「大丈夫!」を伝えたい
・どん底にいた私が今に至るまでの不登校のあれこれを発信中
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小学生が不登校になるきっかけは宿題? | 見落とされがちなサイン


小学生の娘が初めて「学校へ行きたくない」と言ったあの日。思い返せば、宿題ができなかったことが、そのきっかけでした。
「宿題が原因なら、やり方を工夫すれば解決できるのでは?」最初は、そう考えていました。
しかし、算数の宿題では、何度も繰り返し教え、言い方を変えて説明しても、娘はなかなか理解できません。



どうして理解できないんだろう?
この説明でもわからないか…
頭の中はそんな思考でいっぱいに。でも、どれだけ時間をかけても、娘は前に進めませんでした。
漢字ノートの宿題でも苦戦が続きました。私が「すごくきれいに書けたね!」と褒めても、娘は妥協できません。完璧になるまで書き続けます。
意味がわからない熟語は辞書で調べます。でも、その意味に出てくる単語がわからず、また辞書をひく… 気づけば、何を調べていたのかさえわからなくなってしまうのです。
私が簡単な言葉で説明しても、娘は首を振ります。



どうして理解できないの?
これ以上どうやって説明すればいいんだろう…
また、同じ問いが頭のなかでグルグルと回ります。
そんな毎日が続き、娘は宿題を終えるたびにクタクタになっていました。
やがて、漢字の課題が追いつかなくなり、平日にできなかった分を週末に取り組むように。
それでも終わらず、大泣きして癇癪を起こす日々。時間だけが過ぎ、何も進まない状況に陥ってしまいました。
赤ちゃんのころも幼稚園のときも、ほとんど癇癪を起こさなかった娘。どう接していいかわからず、私はなだめたり叱ったり、どうにもならない日の連続でした。
不登校の原因がわからない | 親としての葛藤と孤独


できていたことができなくなる娘を見ていると不安になるばかりでした。その不安を消すために娘をなんとかしようと必死でした。毎晩お風呂で泣き、寝る前に泣き、疲労困憊。
明日が来なければいい。そんなふうに思ってしまうほど、私は追い詰められていたのです。
「いってきまーす」と言って登校する娘を見送りたい。
「ただいまー」という元気な娘の声を聞きたい。
しばらく経つと、宿題はまったくできなくなり、習い事もすべて行けなくなりました。自信を失い、机に突っ伏して泣く娘。



もうダメだ…
何か障害でもあるのかな?
誰か原因を教えて!
当時の私は、図書館で不登校関連の本を読み、不登校に関する記事やブログを読み漁っていました。
どうしたらいいのか必死で道しるべを探していました。このときの私は、娘に何か問題があると思っていたのです。
不登校の「原因探し」にこだわっていた私 | 本当に大事な視点とは


原因がわかれば対処できるはず。そんな思いで必死に本を読み、カウンセリングや心療内科を探しました。
スクールカウンセラーと娘は1度だけ学校で話しをしました。娘は、もう話したくないと言います。
教育相談センターのスタッフと娘は2度だけ話しました。娘は、もう行きたくないと言います。
ある大学に属している子どもの心クリニックで、心療内科の先生と娘は1度だけ面談しました。娘は、次は絶対行かないと言いました。
誰も「これだ!」っていう原因を教えてくれません。私の不安は大きくなるばかりです。カウンセラーやクリニックの先生は、私が求めている答えを教えてくれません。しかし、私に投げかける共通の言葉がありました。それは…
「お母さんは、自分を責めすぎず、好きなことして過ごしてくださいね」
そんなの無理です。 子どもが不登校になって、好きなことをして過ごせる親なんているの?
- 娘が不登校だから、私はゆっくりできない
- 娘が不登校だから、私は出かけられない
- 娘が不登校だから、私は自分の時間がない
当時の私は、娘が不登校だから何もできないと思い込んでいました。
でも、ある日気づいたのです。 娘のためと思ってやっていたことは、実は娘のためではなかった。自分の不安をなんとか解消しようとしているだけの行動だったと、あるとき気づいたのです。
小学校との話し合いでわかったこと | 親としてできた対応


娘が不登校になってしばらくすると、学校側から今後の対応について話し合いたいとの打診がありました。夫と一緒に学校へ行き、校長、副校長、担任、保健室の先生と話し合いをしました。
夫は、校長に向かって冷静に言います。



娘が不登校になったのは、小3のときの担任がきっかけだと思います。けれども、学校にすべての責任があるとは思っていません。
今の娘は学校へ行ける状況ではないので、無理に行かせるつもりはありません。
しかし、何かのタイミングで娘の気が変わるかもしれない。そのときは相談させてください。
担任の先生の家庭訪問は、遠慮します。しばらくは、家で娘の様子を見守ります。
私はというと、涙をこらえて足を震わせて立っている娘の姿が頭が頭から離れなかったからです。
娘が在籍する小学校には、娘のほかにも不登校の児童が数人います。校長は、不登校に理解があり私たちの方針を受け入れてくれる方でした。
そして、校長室を出るとき副校長が私に声をかけてくれました。
「お母さん、大丈夫ですよ。不登校は必ず終わりますから」
その言葉に、少しだけ心が軽くなりました。不登校の児童生徒が増え続けるなか、学校になんとか来させようとする先生はもはや少ないのかもしれません。しかし、不登校について深く理解している先生ばかりかというと、そうでもないような気がします。
最後に | 不登校の「原因」より大切にしたいこと


私の夫は大事な場面では必ず私を助けてくれます。とても心強い存在です。でも、当時の私は自分1人で抱え込んでいました。もっと頼ったらいいのに、自分の価値観がそれを許さなかった。
私には、はっきりした不登校の原因がわかりませんでした。解決の糸口が見つからず、とうとう行き止まり。右も左も道がない。その状態になって、私はある不登校の専門家にたどり着きます。
「小学生の娘が問題なのではない。娘が問題だと思っている私が問題なのだ」
それがわかったときは、とんでもない衝撃でした。私の問題ってどういう意味?そこから私は少しずつ自分と向き合い、身体に巻き付いた重たい鉄の鎖を解いていきます。
不登校でお悩みの親御さんへ
子どもが学校に行けなくなるのは、怠けや甘えではありません。表面上のきっかけの裏には、子どもなりに必死に我慢してきた「本当の原因」があります。
子どもが安心して「つらい」と言える関係づくりは、きっと今からでも遅くありません。あなたとあなたのお子さんにも、心から安心できる時間が訪れますように。
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